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『今日も一日ありがとう☺』

今日も一日ありがとう☺

Diary 2022.06.10 09:00
 
兵十が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。兵十は今まで、おっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまっては、もうひとりぼっちでした。
「おれと同じひとりぼっちの兵十か。」
 こちらの物置の後ろから見ていたごんは、そう思いました。
 ごんは物置のそばをはなれて、向こうにいきかけました。どこかで、いわしを売る声がします。
「いわしの安売りだあい。生きのいい、いわしだあい。」
 ごんは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんがうら戸口から、「いわしをおくれ。」と言いました。いわし売りは、いわしのかごをつかんだ車を、道ばたに置いて、ぴかぴか光るいわしを両手でつかんで、弥助の家の中へ持って入りました。ごんは、そのすきまに、かごの中から、五、六匹のいわしをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、兵十の家の中へいわしを投げこんで、穴へ向かってかけもどりました。とちゅうの坂の上でふり返ってみますと、兵十がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。
 ごんは、うなぎのつぐないでに、まず一つ、いいことをしたと思いました。
 次の日には、ごんは山でくりをどっさり拾って、それをかかえて、兵十の家へ行きました。うら口からのぞいてみますと、兵十は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、ぼんやりと考えこんでいました。変なことには、兵十のほっぺたに、かすりきずがついています。どうしたんだろうと、ごんが思っていますと、兵十がひとりごとを言いました。
「いったいだれが、いわしなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、ぬすびとと思われて、いわし屋のやつに、ひどい目にあわされた。」と、ぶつぶつ言っています。
 ごんは、、これはしまったと思いました。かわいそうに兵十は、いわし屋にぶんなぐられて、あんなきずまで付けられたのか。
 ごんは、こう思いながら、そっと物置の方へ回って、その入口にくりを置いて帰りました。
 次の日も、その次の日も、ごんは、くりを拾っては、兵十の家へ持ってきてやりました。その次の日には、くりばかりでなく、松たけも、二、三本持っていきました。